成年誌を中心に活動を続け、他とは一線を画した作風が強烈な印象を与える玉置勉強
男女の心の機微を見事に描ききった『恋人プレイ』
怒濤のバイオレンスが炸裂する『東京赤ずきん』
ドタバタコメディにゾンビを持ち込んだ『ねくろまねすく』
スタイルは違えど、それらはどれもが生々しい迫力を持って読者に迫る
そんな彼のルーツに迫った
(インタビュー・撮影/前川誠)
●コミケの熱気に圧倒された
──初めて読んだ漫画って、どんなものでした?
小学生くらいに読んだ『コロコロコミック』とか『週刊少年ジャンプ』とか、そういう普通な感じでしたね。その後も特に漫画が大好きという訳でもなく、お金がなかったからほとんど立ち読みでしたし、読むものも王道ばかりでした。
──読む側から描く側へ移行したのはいつなんでしょうか?
19歳くらいの頃ですね。それまでは漫画を描くなんて思ってみたこともなかったし、部活帰りにコンビニで『ヤングマガジン』を立ち読みするような普通の学生生活を過ごしてました。
高校を卒業した後はデザイナーを志していたので絵の勉強はしていたんですが、キャラクターを描くとか、そういう漫画についての勉強は一切していませんでした。
──漫画を描き始めたきっかけは?
大学に入ってすぐ、柔道の部活を探したんですけど良いところがなくて、それで入ったのが漫画部だったんです。そこで部誌を出すことになり、(漫画を)描きはじめました。
──柔道と漫画ってだいぶ違いますよね。
まあ柔道といっても、そんな本格的にやっていた訳じゃないですし、『ヤングマガジン』で小林まこと先生の『柔道部物語』を読んで感化されて始めた程度なんですけど。
──最初に描いたのはどんな漫画でした?
漫画というよりは絵の羅列というか。いかにも美大にかぶれた感じのものでした(笑)。本当にあれは漫画とは言えない、描かないと怒られるから描いたような間に合わせのものでしたね。
ただ大学に入って、急激に環境が濃くなったんですよね。オタク方面でも濃い人がいっぱいいましたし、そうじゃない人でも『ガロ』とか青林堂さんの本を読んでたり。
──結果、その環境が肌に合っていたから漫画部を辞めなかったんでしょうね。
というか漫画部には畳が敷いてあって寝転がれたんですよ。あと、先輩も少なかったから比較的楽にできた。実はそれくらいの理由です。
──ということは、本格的に漫画を描こうと思ったのは更に後なんですね。
結構ガッカリな感じなんですけど、大学3年になったとき、周囲の皆が出版社に持ち込みを始めたんですよ。でもやはりハードルが高くて、かなりボロクソ言われたり梨のつぶてだったりしていたんですけど、そんななかで「実は俺、こないだデビューしてたんだよね」って言い出したら面白いだろうなって。まあ、ネタですよね。その程度の気持ちで持ち込みをしたんですよ。
それで最初に持ち込んだのが、自分が好きな町野変丸さんが載っていた雑誌だったんですけど、そうしたら少し手直ししたら載せてくれるって言われて。
──かなりスムーズにデビューが決まったんですね。
なんか、イヤらしいですよね。仕込みの長いネタみたいな。
あとひとつ真面目な話をすると、20歳くらいのときに部活の関係で初めてコミケに行ったんですけど、そのエネルギーに圧倒されたんです。宮崎勤事件くらいまではオタクという単語すら知らなかったんですけど、コミケには本当にビックリさせられて、僕も真面目に描いてみたいって思ったんです。
当時は『美少女戦士セーラームーン』が流行っていたんですけど、僕もそこら辺で一気にオタク文化にハマって、アニメ絵の模写を一生懸命したり……。「俺、こういうところで漫画を描きたい」って。それが多分、一番大きい原動力ですね。
──それは、コミケのあの熱気というか、雰囲気に加わりたい、という欲求ですか?
加わりたいというよりは、自分も何か作らなくちゃいけないと思ったんです。当時はまだ会場が晴海だったんで実際に熱気も凄かったし、それに刺激されたんです。漫画部に入ってるんだから本気で漫画描かなくちゃいけないだろうと。
あと話が前後するんですけど、僕が1年生のときに4年生だった沙村広明さんの影響も大きいです。何回かアシスタントとして手伝いにも行ったりするなかで、「俺も何かやらなくちゃ」という気持ちになった。
●失敗作だと思ったことは一度もない
──そしてデビュー時にエロ漫画というジャンルを選んだのは、やはり好きだったからというのが大きいですか?
そうですね。山本直樹さんとか町野変丸さんの作品を読んで「ああいうのを描きたい」と思っていたんです。それに、どうせ描くなら男より女の子の方が楽しいじゃないですか(笑)。
あとは現実問題として、皆が持ち込みでコテンパンにされているのも見ていたので、やはり一般誌よりはエロ漫画誌の方が載り易いんじゃないかっていう下心も多少はありました。
──絵に関してはセーラームーンなどの模写が大きかったということですが、ストーリーに関してはどうでしょう。
山本直樹さんや松本充代さんが好きだったので、そういう感じは出てるかもしれないですね。大学では『ガロ』系を読んでましたし。あとは昔から読んでいた一般誌だとか、もし影響を受けたと言うならばそういったところがいろいろ混ざっているんだと思います。
──ちなみに玉置さんの作品というと、ヒロインがヒドイ目に合うイメージが強いんですが。
それはただのイメージだと思います。初期の作品なんかは、普通のコメディーとかも多いですし、それに陵辱されるようなものについても、基本的にそういうオーダーがあったから描いているだけなんですよ。自分が表現したいテーマがあると言うよりは、こういうのを描いてくれっていうオーダー通りに描く、というのは基本的なスタンスですね。特に最初の頃は、外枠を編集者さんに組み立ててもらって、その中で物語を作ってました。
──『東京赤ずきん』に関してもそうですか?
いや、あそこら辺から具体的な設計図ナシで話を進めるようになったんです。途中まである程度の展開は考えていたんですが、それ以降は真っ白な状態で連載を始めて。特に、日常的で身近だった話が途中から神だの悪魔だのっていう展開を見せたあたりは、自分の地が出たなって思いますね(笑)。
いつかは連載を終わらせなくちゃいけないし、それなら最終戦争みたいにしちゃえば良いんじゃないのってことでああなったんですけど。同じ大学出身の大西祥平さんには『映画秘宝』の漫画評で「蒲田系永井豪展開」みたいなことを言われました(笑)。
──言い得て妙ですね(笑)。最後の展開の速さがすごく気持ちよかったです。
あれはただ、終わらせるまでにページ数が足りなくなって慌ててただけなんですけどね。なんと言うか僕は、表現者タイプというよりは、言われた通りにモノを仕上げていくタイプなんです。
──でも、一作ごとに手応えを感じたりはしませんか?
いや、毎回描き終えた直後は下手糞で泣きそうになります。それよりはむしろアンケートの順位だとか、単行本がどれだけ売れているかの方が気になっちゃいますね。余り売れてないと出版社にも迷惑かけるし、若いときから仕事として描いていたので、やはりどうしてもそういう意識が強いみたいで。そういう意味で今までに手応えを感じたのは、『恋人プレイ』と『東京赤ずきん』ですね。もちろん、どちらもそんなに多い訳ではないにせよ、やはり沢山の人が読んでくれたっていう事実があるので。
ただ、失敗作だと思ったことは今まで一度もないんです。やっぱりどんな作品でも好きだと言ってくださる方がいる以上、それを作者自らが読者さんに向けて「これは駄作だよ」と言ってしまうのは無責任な話ですし、自分の中でもそうは思わないんです。
──そこは作者としてのプライドですよね。
もちろん売れたか売れなかったか、という基準はあるんですが、失敗だったか成功だったかという点では考えないんです。……なんか守銭奴めいてきましたね(笑)。
──いやいや(笑)。『BLOOD -the last vanpire2000-』に関しては、どうですか?
……前言を翻すようですが、あれは自分の中で失敗があったというか、作品の出来とかそういう部分ではなく、製作過程で失敗したかなと。もうちょっとこうしたらもっと面白くなったんじゃないかっていうところがありまして……。
──では、今までの漫画家としての人生で一番挫折したのは、やはり『BLOOD〜』になるんでしょうか?
挫折と言えば、進めてきた企画が世に出なかったりとか、そういう方が余程ガッカリですね。『BLOOD〜』に関しては、アレだったらまた別の切り口で描いたら、今ならもっと面白いモノが作れたんじゃないかなっていう。
──いまどんなものが一番描きたいですか?
実は、そういうものが無いんですよ。それが今の悩みなんですけど。ただ「日常」を描きたいっていう思いはありますね。それは特に主題には成り得ないのかもしれないけど、それでも「日常」は描いていたいです。
──では最後に、これから漫画家を目指す人々にアドバイスがあるとすれば?
このサイトのインタビューでカサハラさんが仰っていた「編集さんと仲良く」っていうのは、その通りだと思います。一般論ですけど、自分の描きたいものと編集さんの要望がぶつかったとき、一方的なケンカをするのではなくてお互いの落としどころを見つけようと建設的な話し合いをするのは、結構重要だと思います。
──漫画は共同作業という側面もある、ということですね。
漫画は独りじゃ出せませんからね。
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