interview

こせきこうじ

80年代後半のジャンプ黄金期を語る上で
外すことの出来ない漫画家のひとりである、こせきこうじ
地味ながら強烈なインパクトを心に残す野球漫画で
僕たちの心を熱くしてくれた彼が
今、新たに描こうとするテーマとは――

(インタビュー・撮影/北村ヂン)

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●ああいうダメな少年っていうのは自分自身を描いている

――まず、こせき先生が漫画家になろうと思ったきっかけは何だったんでしょうか。

 小さい頃から漫画が大好きだったので、もう気が付いたら絵を描いていたという感じですね。一番最初に刺激を受けたのは幼稚園の頃に読んだ横山光輝先生の『鉄人28号』です。小学生時代には赤塚不二夫先生の『バカボン』や藤子不二雄先生の『オバケのQ太郎』とか……。もちろん手塚治虫先生の漫画は常に愛読していて、もう夢中になって読んでいましたね。

――本格的に漫画を描きはじめたのはいつ頃からなんですか。

 本格的に描くようになったのは高校に入ってからです。最初の頃はジャンルとかも決まっていなくて、今とは全然違うギャグ漫画とかSFとか、何でも描いていました。読む方も、とにかく乱読してる時期だったんで、漫画という漫画を読みまくっていたんですよね。
 それから高校卒業間際に、週刊少年ジャンプがやっている手塚賞っていう新人賞にはじめて応募して、それがいきなり最終選考まで残ったんですよ。それで東京に出てきてジャンプへ持ち込みをするようになったんですが、19歳の時に『ああ一郎』っていう作品で手塚賞の準入選を受賞することが出来ました。その時、手塚先生から「マイナーなりの成功をするかもしれない」っていうお言葉を頂いたんですけど(笑)。

――これからがんばっていこうとしている新人に対して「マイナーなりに」っていうのはひどいですねぇ(笑)。

 いえいえ、とてもありがたいお言葉として受け取りましたよ。そして『ああ一郎』で週刊連載をはじめることになったんです。

――作風から受ける印象だと、ものすごい苦労人のようなイメージがありますけど、わりとトントン拍子で漫画家になれたという感じだったんですね。

 まあ、投稿をはじめて二年弱、19歳でのデビューでしたから、「苦節何年」みたいな感じではないですよね。苦労っていう程の苦労もしなかったし、他の人に比べたら大分トントン拍子な方だったのかなと。アシスタントをやった経験もほとんどないですからね。

――こせき先生といえば『県立海空高校野球部員山下たろーくん』など、野球漫画のイメージが強いですけど、デビュー作の『ああ一郎』は柔道漫画なんですよね。

 最初は柔道漫画にするつもりではなかったんですけどね。若い頃に柔道をやっていたことがあるので、描いている内に柔道漫画になっていました。
 野球に関しては、実は『たろー』を描くまで自分では全然やったことがなかったんですよ。プロ野球とかを観るのは好きでしたけど、野球未経験のまま『たろー』をはじめて、それから草野球をやるようになったくらいなんで。

――どうして『山下たろーくん』で野球漫画を描こうと思ったんですか。

 単純にもう、その時の担当さんの「野球を描いてみないか」っていう一言です。担当さん自身、野球のルールも知らない人だったんですけど、当時は『キャプテン翼』でサッカーが流行っていたから、「それじゃあ野球漫画もやろう」っていう程度の理由だったのかもしれないですね。担当さんは僕が野球を好きなことを知っていたので、それで僕に話が来たのかな。……まあ、その辺の話を詳しく聞いたことはないですけど。
 ちなみに、その担当さんっていうのが辰巳(『山下たろーくん』に登場するキャラクター)のモデルなんですけどね。

――ああいう乱暴な感じの人なんですか!?

 まあ、あそこまで極端ではなかったですけど(笑)。結構厳しい人でしたね。その人も今ではすっかり丸くなってますよ。

――『山下たろーくん』は野球漫画としても異色で、かなりインパクトのある作品でしたけど、描くにあたって、他の野球漫画は意識しましたか。

 あんまり意識しなかったですね。どちらかというと、『ああ一郎』の中で柔道部を舞台に描いたテーマを、その続きのような感じで野球部に舞台を移してやろうという考えでした。キャラクターはどっちも同じような路線ですからね。一郎をもう少ししゃべれるようにしたのが、たろーなんで(笑)。基本はずっと一緒ですよ。

――山下たろーくんをはじめとして、『ああ一郎』の長島一郎、『ペナントレース・やまだたいちの奇蹟』の山田太一など、とにかく運動神経がなく頭も悪いけど、なりふり構わずに努力していくという主人公を繰り返し描かれていますが、あのキャラはどうやって生まれたんですか。

 ああいうダメな少年っていうのは、やっぱり自分自身を描いているんでしょうね。友人にもそういった感じの人がいたので、そこが元になっていると思います。
 逆に、なりふり構わずに突き進んでいく豪快さみたいなものは自分にはない部分なので、そういう人に対する憧れっていうのも入っていると思います。自分の漫画に出てくるキャラクターには、自分が「こうなりたい」って思っていることがかなり強く反映されているんじゃないですかね。

●よっぽど漫画家っていう職業が性に合っているんでしょうね

――当時の週刊少年ジャンプはまさに黄金時代で、派手な漫画が目白押しでしたが、その中での読者の反応ってどうだったんですか。

 飛び抜けてっていう感じではなかったですけど、そこそこよかったみたいですよ。

――確かに他の漫画と比べても妙に印象に残っていますからね。

 でも実は、『たろー』って連載当初はあんまり人気がなくて、10回で終わってるんですよ。
 序盤は、たろーのいる海空高校がライバルの山沼高校にこてんぱんにやられてるシーンばっかりでしたからね、すぐに打ち切りが決まっちゃったんです。でも4回目くらいから少年漫画らしい分かりやすい展開になっていったので、段々と人気が出てきたらしく、一度終了してから少し間があって、また連載を再開することが出来たんですよね。

――そこからはかなりの長期連載となりましたが、描いていた自分の手応えとしてはどうだったんですか。

 とにかく週刊連載で忙しかったんで、もう他の余計なことは何も考えないで、ただただ夢中で描いていましたね。漫画を描くことで一週間丸々使ってたから休みもないし、締め切り前になると徹夜続きで、プライベートな時間なんて全くなかったですもん。たまに休みがあってもアシスタントと遊んでるっていう感じでしたからね。あの頃は本当に漫画漬けの生活でした。
 『山下たろーくん』『やまだたいちの奇蹟』が終わった後も、週刊少年ジャンプで読み切りを描いたり、月刊ジャンプで連載したりしてたんで……今考えると、ずっと漫画を描くことしかやってこなかったんですよね。それでも別にストレスは溜まらないし、描いていると楽しいんですよ。今まで、これといった障害もなくここまで漫画家を続けてこれたというのは、よっぽど漫画家っていう職業が性に合っているんでしょうね。

●広大なもの、大きなものに対する憧れみたいなものを描きたい

――そして、山下たろーくんの社会人編として話題になった『株式会社大山田出版仮編集部員山下たろーくん』ですが、いきなりたろーくんが肩を壊して野球が出来なくなっているという……。

 あれにはやっぱり賛否両論ありましたね。たろーがハローワーク通いをしているところからはじまってるんですから……。どうしようかすごく迷ったんですけど、山下たろーっていうキャラクターを新しく生かすためには一回どん底に落とさないとダメなんじゃないかなと。だから思い切って突き落としました。

――そこで、どうしてたろーくんを漫画の編集者にしようと思ったんですか。

 社会人をやらせようというのは決まっていたんで、どんな仕事をやらせようか迷っていたんですけど、僕は全然会社員経験とかがないもんで、一番身近にいた漫画の編集者にするのがいいんじゃないかと思ったんですよね。

――漫画家が漫画の現場を描くっていうのは逆に難しいんじゃないかと思いますが。

 実際にいる人をモデルにしてたりするんで、人物を描くという意味では難しくはなかったですけどね。村西編集長っていうキャラクターが出てくるんですが、それは西村繁男さんっていう週刊ジャンプ黄金期の編集長がモデルですし、辰巳はそのまんま『たろー』の時の編集者だし。……まあ、その人はもともとモデルでしたから。

――あの漫画の中では「たまじー(魂)のまんが」という理想の漫画論だったり、「いい編集者、漫画家のあり方」みたいな話が出てきますが、その辺はやはり先生自身の漫画業界に対する意見が反映されているんでしょうか。

 そうですね。自分の言いたいことを描きました、不満なんかも含めて(笑)。
 実際、自分では漫画家としてやっていく間に、そんな嫌な目にはあっていないんですけど、他の人から話を聞いたりすると色々とあるみたいなんで……。特に女性漫画界のひどさなんかはよく聞きますからね。そういう醜いドロドロした部分もかなり多い世界なんですよ。
 だから、僕が漫画業界に対して言いたいことは、あの漫画の中でほとんど描いちゃいましたね(笑)。「こういうヤツいるんだよなー」とか、「たろーくんの様な編集者がいてくれたらいいなー」って。

――ところで、先生の漫画には「海と空」っていうキーワードがよく出てきますよね。

 実家が農家で、子供時代を過ごしてきたのが田舎だったんで、海とか空っていう自然に対する思いは強いです。だから漫画を描くのでも、出来れば舞台を田舎にするのが好きなんですよね。

――「海と空」っていうキーワードの元に描きたいと思っているメッセージっていうのは何なんですか。

 やっぱり広大なもの、大きなもの、そういったものに対する憧れみたいなものを描きたいと思っています。僕は大きいものが好きだし、気持ちも大きく持っていたいっていう思いは常にありますからね。

――そういえば先生の漫画の中には「大」っていう言葉も多用されてますよね。

 「大」っていう言葉を付けるのは大好きなんですよ。「大山田出版」とか「大中央学院」とか「大小心者」「大速球」とか……、やたらと「大」をつけてますから(笑)。実際には付かないであろう言葉に「大」を付けるのが好きなんですよね。

――山下たろーくんのしゃべり方なんかにしてもそうですけど、言語感覚が独特ですよね。すごい特徴的なセリフが沢山出てきますし。

 そこは意識しているところではありますね。まあ自然に方言が出ちゃってる部分もあるんでしょうけど(笑)。
 デビュー作の頃なんて、自分では気付かずに普通だと思って描いていたのに、あとで読み返してみたら完全に訛っていたという(笑)。たろーのしゃべり方なんかも、完全に僕の地元の方言が出ていますからね。本当に「……だど~」みたいなしゃべり方をしているんですよ。
 そういう風に、言葉遣い自体が田舎っぽいから、舞台も田舎にするのが似合うんじゃないかと思います。……まあ、単純に、ビルを描くのが苦手っていうのもあるんですけど(笑)。直線の建造物を描くのは苦手なんですよね、連載をやってる時にはアシスタントに任せてますけど、自分で描く時にはフリーハンドで描いちゃってます(笑)。

――人物の描線も、独特の揺れた線ですよね。

 あまり意識はしないで、描いている内に自然とああいう風になったんですけどね。今描いているのは、本当に楽に描いて完成した絵柄です。まあ、きちんとした絵よりも崩れた感じの方が面白いじゃないですか。

――あの絵柄は松本零士先生あたりの影響もあるのかなと思ったんですが。

 ああ、それは入ってますね。太い線でふきだしの外に描いてあるセリフとか、『男おいどん』の影響はすごい出てますよね。

●漫画を描いていなかったら何をやっていたか想像が出来ない

――今、週末に下北沢の路上で色紙を販売されているそうですが、なぜやろうと思ったんですか。

 まず、次の作品のために街の声を直接聞きたいっていうのがあったんですよね。今まではファンレターを読むくらいしか読者の反応を知る機会ってなかったので、生の声を聞きたいと思ったんですよ。それが大きなきっかけでした。
 もう一つのきっかけが、漫読家の東方力丸さん(毎週土曜日に下北沢の駅前で漫画を朗読しているパフォーマー)と知り合ったということです。三年くらい前に友人になったんですけど、下北沢の路上に出るっていうのは東方力丸さんの影響ですね。

――先生が路上で色紙を販売していたら驚かれるんじゃないですか。

 信用されないことも多いですね。「真似して描いてるんだろう」とか(笑)。あとはやっぱり「懐かしい」とか「子供の頃読んでました」っていう反応は多いですよね。みんな、もう自分でも覚えていない細かいエピソードの感想とかを言ってくれるんで、感心するくらいです。貴重なご意見を頂いています。

――今、次回作の構想中ということですが、今後描いていきたいテーマがあったら教えて下さい。

 テーマは「人間」ですね。まあ今までもそうだったんですけど、人間のより深い部分を描いていきたいと思っています。
 『たろー』みたいな漫画は、当時の年齢じゃないと描けなかったものだと思いますけど、歳を取った今、この年齢じゃないと描けないっていう漫画を描いていきたいですね。

――「人間」にも様々な側面がありますけど、その中でどんな面を描きたいんでしょうか。

 色々あるんですけど、「悪い面」や「弱い面」っていうのは常に描きたいと思っていますね。マイナスなものをいかにプラスに変えていくか……、今までも共通しているテーマなのかもしれないですけど。

――確かに最近の作品には悪人がよく登場してくるようになっていますね。

 僕は「悪人」というものにすごく興味があるんですよ。悪人には悪人なりの事情っていうものがあるんじゃないかなって思っているんです。
 戦争だって絶対に「悪」だとは思いますけど、人間が生まれてからずっと戦争や争いが続いているし、悪人も常に存在している。そして、これからも戦争は起こるだろうし、悪人は出てくるでしょう。これは「悪」であっても何か必要があって、どうしようもなく続いていってしまっているということなんだろうなって思うんですよ。

――それでは最後にこれを読んでいる今の若者へのメッセージをお願いします。

 あんまり偉そうなことは言えないですけど、何か夢中になれることさえあれば、どんなキツイ状態でも何とか乗り越えられるよって思いますね。これは間違いないです。

――先生の場合、それが漫画だったということでしょうか。

 そうですね。漫画を描いていなかったらを何やってたんだろうな……想像が出来ないですね。地味に生きていたとは思いますけど(笑)。


■路上での色紙販売は、11月3日までの毎週水曜日(19時~24時頃まで)金、土、日曜日、祝祭日(20時〜24時頃まで)下北沢南口の駅前で行われるとのことです。(水曜は雨天中止。金、土、日、祝祭日は雨天順延)

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コメント (1)

ゆうや:

やまだたいちすきでーす

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