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対談 竜騎士07/07th Expansion×及川中

遂に公開される映画『ひぐらしのなく頃に』。監督・及川中と原作者・竜騎士07/07th Expansionによる数え切れぬディスカッションを経て制作された脚本は、すべての原点である『鬼隠し編』をベースにしながら様々なトラップを隠し持つ、一筋縄ではいかないものとなった。そしてその罠の渦中へと、緩急をつけた演出でテンポ良く引きずり込む映像。新人俳優の瑞々しさとベテラン俳優の安定した演技のせめぎ合い。どこまでも膨らむ謎──。アニメや漫画など様々なメディアで発表されてきた『ひぐらし〜』だが、本作はなかでも最も間口の広い『ひぐらし〜』世界への入口として機能することだろう。雛見沢村へ、ようこそ──。誌面では読めない対談全文を一挙掲載!!(取材・文:前川 誠)
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『ひぐらしのく頃に』
5/10(土)より、池袋シネマサンシャイン・渋谷Q-AXシネマ他全国公開
(C)2008 竜騎士07/オヤシロさまプロジェクト
http://www.higurashi-movie.com/

実写映画への再構築4085main.jpg

──さて、映画化にあたって監督はだいぶ原作と格闘したと伺ってますが。
及川 一昨年の11月に映画化の話を頂いたんですが、その翌月からゲームや漫画、アニメ、関連本などを読んで研究しました。原作は、ゲームでやったんですがもの凄く時間がかかったんです。当初は1本3時間ぐらいで終わるつもりだったのが、3日くらいかかっちゃって(笑)。その後は全8編のダイジェスト版のような脚本を、制作費も時間も無視して書いたんです。そうしないとこの世界を伝えることができないだろうと思ったから。
──原作に触れて、監督は『ひぐらし〜』をどういう作品だと受け止めましたか?
及川 一言では言えないな。そして、そこが新しいと思った。オーバーテキストと言って良いくらい膨大な文字量でしょ。ひとつの物語を語るうえでの必要文字量を大幅に超えている。最初はそこに対して戸惑いがあったんだけど、実はこれって新しい表現形態なんじゃないかと。僕の世代の文学とは全く異質で、ここまで語られると不思議な印象を持ち始めますよね。ただキャラクターを掴むだけなら3行あれば足りるところを、圭一も魅音も次から次へと語り、その展開において形を変えていく訳です。「本当のわたし/ぼく」になかなか行き着かない。そういう意味ではもの凄く新鮮だった。その結果、物語の全貌を知ったときには不思議なカタルシスがあったのを憶えてます。そこがひとつのヒントだろうと思い、最初に無茶な脚本を書いた訳です。
 でもその後竜騎士さんと話し合っていくなかで「『鬼隠し編』でやってみては」という意見を頂いて、かなり方向が定まりました。『鬼隠し編』で終わるってことは物語の全貌はほぼ語れないに等しいんだけど、逆にすべてのヒントがそこに詰まっている。だからこそ、それをやることに意味があるんだなって。

ゼネラリスト的立場から4069_sub_r.jpg

──竜騎士先生は、映画化にあたってビジョンなどはあったのですか?
竜騎士 一度も原作に触れたことのない方に観てもらえる作品になれば良いなと思っていました。実写映画化されるということは、普段アニメや漫画に触れない方に向けてアピールできる機会ですから。そういう意味で、もしオタクのことを敢えてスペシャリストと呼ぶならば、及川監督はゼネラリストとしての見地を持っていらっしゃる。
及川 ははは。
竜騎士 オタク的なツボってあるんですよ。ここさえ押さえておけば良いし、逆にここを押さえないと画竜点睛を欠く、っていう。でもそういった、例えば萌え表現のような「スペシャリスト的」な作りは、一般的な人から観ると非常に鼻を付く場合がある。『ひぐらし〜』のキャラクターも原作の中では敢えてあり得ない個性付けがされていますが、これを実写で俳優さんが実際に演じたらだいぶ違和感を覚えると思うんです。それは、実写化の意味が違う。私はアニメでやっていることをそのまま俳優さんに演じて欲しいわけじゃなくて、あくまでも実写という世界観の中で見せられるものにしたかった。
 きっとこの映画は原作ファンの方から、減点方式的な評価もされると思うんです。でも私はそうじゃなくて、原作を知らない人にこそ観てもらいたかったし、監督は本当にそこに心血を注いで下さった。原作が伝えたいエッセンスを取り出して、ゼネラリスト的立場から実写というフォーマットに世界を再構築してくれた。これが素晴らしかったんです。
及川 絶賛ですね(笑)。でもね、竜騎士さんは原作においてキャラクターのビジュアルも手掛けているわけですよ。そういった部分で、実写化される際の抵抗感はありませんでした?
竜騎士 別になかったですね。そもそも『ひぐらし〜』の原点は『雛見沢停留所』という1幕1場1時間の舞台台本ですし、ということは人間に演じて欲しくて書いたものですから。そういう意味で映画化は原点回帰だったし、やっと生身の人間が演じてくれたという感慨が大きくて違和感は一切感じませんでした。
及川 撮影現場で初めて役者に会ったんですよね。だから竜騎士さんビックリするんじゃないかと思ってたら、だいぶゴキゲンな様子だったんですよ。
竜騎士 感慨にふけってたんです(笑)。
及川 なるほどね。
竜騎士 漫画的な記号は漫画の世界にあるから意味があるわけで、実写の世界には実写のやり方がある。よくメディアごとの一長一短を訊かれることがあるんですが、映画には映画の良いところがあって、役者さんの息吹きというか空気感は他のメディアでは絶対に再現できない。あの雛見沢村の「怪しげな田舎町」っていう空気感は、今までどのメディアでも表現しきれなかったことなんです。

「原作者」の立ち位置

──テンポ良くカット割りされたオープニングや、スローモーションを多用して「何かある」ことを執拗に匂わせる本編冒頭などは、確かに映画にしかできない「不吉」の表現です。そういった部分も含め「非日常」へのスライドがとてもスムーズに行われていましたね。
及川 原作は圭一が雛見沢にいるところから始まっているけど、映画ではそのちょっと前から描きたかった。だから今言われたようなことは狙ったし、オープニングでお客さんを引き込みたかったから敢えて主題歌を最初に持ってきたんです。あれはある種テレビやアニメの手法なんだけど、それも一つの道具として使って、雛見沢へ入っていく最初の一歩を演出したかった。最初に圭一が仏頂面でいるところなんか、原作ではオチのひとつでもある訳で。あの平和で牧歌的な風景が一変する大変重要なネタなんだけど、それをオープニングに持ってきた。それもいろいろ迷って作ったんですよ。竜騎士さんも言っていたけど実写的な置き換えは意識せざるを得ないので、そこの葛藤はいちいち多かったですね。
 僕ね、最初は本当に原作のままやろうと思ったんです。大島渚が白戸三平の『忍者武芸帳』を、漫画のコマをそのまま撮った映画を作ったんだけど、それと同じ発想で。原作に大変刺激を受けたものだから、一度実写であるということを忘れて、このキャラクターをそのままやってみようかと思ったこともあった。プロデューサーに相談したら「それはない」って一蹴されましたけど(笑)。まあ僕はそれくらい過剰にね、この物語に入ろうとしたんでしょうね。
 あと最初はね、竜騎士さんが脚本に意見を言うと聞いたときは正直ウザイなと思ったんですよ(笑)。
竜騎士 (笑)
及川 でもやっぱり話してみなくちゃ判らないと思って、実際に会ってみて変わりましたね。一つの物語を数年間かけて書き上げた竜騎士さんの一言一言は素直に聞けたし、その後のやりとりでもかなり的確な指摘や願望が返ってきた。僕はそれをとても理解できたので、原作者の持っている世界を自分なりに吸収して実写に変換するという作業は、結果的にはスムーズにできました。むしろ僕の頭の中で起こっていることの方が異常で、クライマックスのあの衝撃的な描写にしたって思いきり描こうとしたんですよ。脳みそが飛び散るような。だってそこの痛みを描かないと現代の映画にならないんだ、っていうヘンな思いに取り憑かれて、大社会問題作が完成しそうになった(笑)。でもそういうときに原作に立ち帰ると、ものすごいバランスの上に成り立っているんだと気付かされるんです。どこかを過剰に描いてしまったら、全く違うものになってしまう。そういうところに、作家の意思の力を感じるんですよ。だから最終的には原作に何度も立ち返ったし、とても原作に寄り添った映画になっていると思う。
竜騎士 私が原作者として直接的に関わるのは、脚本とか流れの段階までと決めていたんです。だから最初の段階は監督と密にやり取りをしましたし、その期間は同時に私のなかで監督を信頼していく時間でもあったんです。そのうえで監督の中で育まれた世界を確認して、「あとはお願いします」と。
 原作者の監修がどこまで関わるべきかって、難しいと思うんです。仕事をするっていう意味では全ての全てを監修すべきなんですが、原作者は原作者であると同時に門外漢なんです。原作を一番よく知っている人間ではあるんですが、そのメディアをよく知る人間ではない。私の頭の中で「映画ならこう見せるのがかっこいいだろう」という絵があったとしても、それが本物の映画として通用するショットなのかどうかは疑問なんです。でも、そこで何も解らずに原作者がしゃしゃり出てしまったら、外圧がかかって非常にやり難くなってしまうかもしれない。そういう意味で、私にとってエキスパートな場所とアマチュアな場所を見極めるべきだと、一番最初に思ったんです。

雛見沢という宇宙4056_sub_o.jpg

及川 僕が原作モノをやらせてもらうときは、原作者へのインタビューを重視するんですよ。物語の中で自分がひっかかるところが、原作者と話してみることで解ったりするから。例えばある物語では普通の家族を描いているのに、お父さんが出てこない。何故かと思って原作者と雑談してみたら、お父さんとの葛藤が語られる訳ですよ。そこで「あ、なるほど」と。それが何かのヒントになるんです。
 僕は竜騎士さんと話したとき、そういうことがすごくあった。僕はこの物語を短い時間で全て理解したとは思わないけど、でも大きなひっかかりが一つあったんです。それは、何故これが描かれたのか、ということ。一体これを描いたのはどういう人なんだろうって。そこで竜騎士さんと会ったり彼がコメントしていることを読んだりしていく中で、僕は、圭一は竜騎士さんなんだって思ったんです。どういう経緯で何があったのかは知らないけど、この半生のなかで竜騎士さんは雛見沢に行ったんです。それが何処かも判らないし、何度も行ったのか、一度強烈に行って生還したのか判らないけど。だからね、彼の話を聞きたいと思ったんですよ。もちろん語っていったら何もオチはないかもしれないけど、それが僕の勘なんです。そしてこれが現代の物語である以上、原作者と圭一、そしてこの映画を観る若者一人ひとりに「あなたも雛見沢に行く可能性がある」と提示することこそが、テーマなんです。
 僕はあまり(雛見沢へ行ったことが)無いんですが、きっとそれは年齢なんでしょうね。今から30〜40年以上前に圭一たちの世代だった自分にとっては、こんなに明確な雛見沢はなかったけど、恐らく竜騎士さんや今の少年少女の世代には、確実にある。
 あと、もう一つ余計な話をすると、ちょうどこの台本を練っている時期にヘンリー・ダーガー(米国のアウアトサイダーアーティスト)の展覧会が日本でやっていたんですよ。もちろん竜騎士さんとヘンリー・ダーガーの間に何の関連性もないと思うんだけど、でも一人の人間がある王国を描いたという意味において、竜騎士さんも雛見沢を描いたと思ったんです。そういう意味で僕にとって、雛見沢という宇宙、雛見沢という王国がとても魅力的だったんです。そして竜騎士さんはそこの王様でしょ。だからそこに対するアプローチはすごく素直に出来たし、自分も旅人のように雛見沢へ入っていけたし、登場人物のキャラや口調も原作のままの形で映画にできるんじゃないかと思った。……もしあのまま作っていたら、スゴイ映画になってましたよ。大失敗してたと思う(笑)。
竜騎士 (笑)。結局ゼロから脚本を書き始めなくちゃいけなかったので、試行錯誤はしましたよね。結果的に今とは全く違うアイデアもあったけど、それも含めて微調整を繰り返して。パターゴルフみたいなものですよね。お互い何も見えないものだからまずはグリーンに打ち込んでみて、そこから少しずつ軌道修正しながらホールに近付いていって、最後に「コロン」と。
及川 確かにね、竜騎士さんの意見で僕が理解できないことだってあったし、僕の要求に対して竜騎士さんからノーが出たこともあった。でもそれを繰り返してある程度煮詰まった段階で、竜騎士さんの言うことをそのまま脚本に入れてみようと思ったんですよ。もちろん最初はすごく抵抗があったけど、でも実際に入れてみるとすごく自然に違和感なく融合していったんです。あれは不思議だった。
竜騎士 何度もコミュニケーションを繰り返していくなかで、馴染ませていきましたからね。確かに台本を見てNGを出したシーンもいくつかありましたが、それも監督と話していくうちに「ああ、そういうことだったのか」と解ることもあった。むしろ、私が監督に口説かれたというか(笑)。だってそれこそ、もし私の言うことが全て正しかったら私が監督をすれば良いじゃないですか。でも私はどこまで行っても文字の世界、ノベルの世界しか知らないので、そこは映画人にお任せしたかったんです。

内輪ネタな作品じゃない

及川 いやそれにしても、時間との格闘は本当に大変でした。全部で約100分の尺に収めたのは、今でもまだ間違っているんじゃないかと思うくらいで。やはりこの映画は3時間半くらいにして途中でインターミッションを入れて、インターミッションまでは原作における部活的なシーンを延々と描いた方が絶対に面白いと思う。その牧歌的な空気に完全に浸りきったところで、突如豹変する。その「豹変」を描くには、いわゆる映画的なルールでやっていくには限界があるんですよ。『アラビアのロレンス』くらいの尺がないとね。
竜騎士 でも今『アラビアのロレンス』や例えば『七人の侍』みたいなことをやったら、一般の方が耐えられないと思うんですよね。『七人の侍』だって最後の戦いが有名な訳で、農民が延々と農作業しているシーンを今の人は面白いと思うんだろうかと。
及川 と、これが面白いところなんですけど、どうしても僕にはマイナーな嗜好があるんです。そして竜騎士さんは非常にメジャーというか、上手くバランスが取れている。だから、僕がひっかかった要素だけを膨らまそうとするとこの世界が崩れちゃうんです。だって、かなり様々な描写が含まれているでしょ。最初作品に触れたときは映倫的にキツイだろうなと思ったんですよ(笑)。プロデューサーは「一般映画にしてくれ」って言うけど、バカなこと言ってんじゃないよと(笑)。
──最初及川さんが監督をされると伺ったときは、もっと静ひつな映画になるかと思ったんです。でも実際は、とてもメジャー感が強く押し出されていて。
及川 そうでしょ。きっと刺激されたんだよね。いろんな作家が言っているけど、僕はいつも、その都度手法を変えていきたいと願っているんですよ。今回はマルチカメラだったし、基本的に今までの手法はそんなに意識せずにできましたね。最近僕は、さっき竜騎士さんが言った映画的な空気とか間みたいなことを過信しちゃいけないなと思ってるんです。嘘は嘘だと。そこで騙せる人は騙せるけど、長回しが空気を産むとは限らない。そういう意味で今回は、すごく楽しかったですよ。
 でも、実際どうでした? 竜騎士さんのぶっちゃけた感想が聞きたいなあ。
竜騎士 (笑)。最初に言った通りですよ。決して内輪ネタな作品ではないから、原作を知らない人に観てもらいたい。そして「あれは何だろう」「これはどういう意味だろう」と関心を持ったら別の媒体に触れてみる。そういう入り方があっても良いと思うんです。原作ファンはオチを全て知っている訳だから、映画館でキャーキャー言うカップルを見て「俺、全部知ってるぜ」ってニヤニヤするのも醍醐味ですね(笑)。

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『ひぐらしのく頃に』
5/10(土)より、池袋シネマサンシャイン・渋谷Q-AXシネマ他全国公開
(C)2008 竜騎士07/オヤシロさまプロジェクト
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コメント (1)

匿名:

流石だな
竜騎士さん最高です
ぜひぜひがんばってください
いつまでもいつまでも
ずーっとずーっと応援しています
がんばれ

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