interview

島田洋七

 佐賀のばあちゃんの家でとてつもない極貧生活を送った少年時代。B&Bとして一気に芸能界のトップへと躍り出た漫才ブーム時代。芸能界からドロップアウトして、遊びまくったセミ・リタイア時代。そして現在はベストセラーを連発する人気作家となっているという、まさに浮き沈みしまくりの波瀾万丈な人生を送ってきた島田洋七。そんな彼が、逆境からの生き残り方を語る!

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——今、20代から30代くらいの人を中心に、「不景気だ不景気だ」みたいな感じで落ち込んでる人が増えてるらしいんですけど、少年時代、佐賀で強烈な貧乏生活を送っていた師匠からするとどう思いますか。

 俺が佐賀にいた頃のこと考えたら今なんか不景気でも何でもないやろ。川上から流れてくる野菜をばあちゃんと一緒に拾って食ってたんやで、今そんなやつおるか?
そもそもどんだけ働いてるかよ。一日13時間も働いて本当に貧乏なやつはおらんやろ、今の日本で。景気悪いとか言ってるやつは働いてないもん。俺が高校卒業して八百屋で働いてた時なんて休みは第一、第三日曜日だけよ。あとは働いてたから。働いてたら金も使わんからね、貯まるって。
 金は欲しい、休みたい、旅行したい。そんなんしゃあないやろ。ゆとり教育とかも全く反対やて。あのせいで学力落ちっぱなしやん。やっぱり頭のいい人はなお頭いいようにせなあかんし、頭が悪い人も少しはレベルアップせなあかんのよ。日本は資源も何もないけど、勤勉、頭の良さ、努力、しつこさ……そんなんで上がってきたんやから、それをなくしたらいかんよ。

——そういうことをやってきたのが、がばいばあちゃんの世代の人たちですよね。

 おばあちゃんたちの世代と、その下の団塊の世代よ。すごい人たちやと思うで。あの人たちが今の日本を作ったっていうのは絶対に間違いない。まだまだあの人たちの頭は使わな。「どうか教えてください」ってな。それをバブルの頃から「これからは若者の時代や」とかなんとか、総理大臣でもなんでも若い方がええとか言うてたけど、そればっかりじゃ世の中上手くいかんのよ。 こんな時代やから、むしろ70歳とか80歳の人の話を訊いて、自分の考えとお年寄りが経験してきたことを足して生活すれば、もっとベストになっていくんやないかな。若者って憶測でしか先のことを考えられないけど、お年寄りはちゃんと経験してるからね。日本の財産はあの世代の人たちよ。若い頃にあんだけ働いた人いないって、残業残業でな。だからこの国よくなったんやん。

——今はよく格差社会とか言われてますけど、師匠の子供の頃ってそういう感覚はありましたか。

 ないよ、そういう言葉もなかったもん。あの頃は金持ちと貧乏人が一緒になって遊んでたからな。今の金持ちは貧乏人となんか遊ばんやん。家帰ってゲームやる、夏休みには海外いく。昔なんか金持ちでも海外なんかいけへんもん。まんじゅう屋の金持ちがおったら、まんじゅういっぱい持ってきて貧乏人に配って遊んでもらってたからな。結構仲良かったんよ、金持ちと貧乏人が。

——最近は金さえあれば、ひとりで遊べる方向にいってますからね。

 みんな、本当は金なんかそんなにいらんっちゅうことに気付いてないんよな。俺らも漫才ブームで売れる前は、「売れて金入ったら世の中が変わるやろうな」思ってたけど、結果的には売れて一ヶ月くらいしたら気付いたよ。一日三食以上メシは食えん。シャツもいっぺんに8枚は着れん。床屋いくにも、髪もそんなには伸びてきいひんがな。外車乗ってても駐車違反で捕まったし。ベンツ買うたら捕まらんと思うてたのにな。高い物食ってても腹は痛くなったよ。だから、ちょっと稼いだ以上の金は同じやて。あんまいらなくなるよ。

——佐賀時代のすごい貧乏だった頃から、一気にそこまでいってもあまり意識は変わらなかったということですか。

 変わんないよ。俺なんか結構しっかりしてるよ、金のこと。今だって本が売れて印税入ったからってバッカバカ物を買うっていうことはないよ。家ももうあるしな。人間、家と車と自転車と女房がおったら十分よ、そんなもんでしょ。家に何千万の金塊とか置いといても何の意味もないもん。

——ただ、師匠も漫才ブームの時は押し入れの中に何億も入ってたらしいですけど(笑)。

 3億4千万な。あの頃、給料毎月数千万いってたんやけど、それ全部現金でもらってたんよ。たとえば8千何十万やったら、その端数の何十万だけ封筒に入れて、残りは結んでファンレターとかと一緒に嫁に渡してたんよ。でも嫁はん、端数しかわかってなかったんよね。あとは全部ファンレターだと思い込んでて、みんな押し入れに突っ込んであったんよ。それをあとで数えたら3億4千万。

——デカい話ですねぇー! で、そのお金も漫才ブームの後、5年間遊んで使い切っちゃったらしいですけど。

 あん時はばあちゃんが遊べって言うたんよ。ブームでガーッ売れて、ちょっと下火になった頃に「何年働いたんや」訊かれて、「5年間働いてごっつ売れた」って言うたら、「じゃあ今度は5年間遊ばんか」って。あれは「金をなくせ」って言ってたようなもんやろうな。そんなに持っててもしょうがないっていうことなんよ。
 金がなくなってから、また必死で考えたから、本なり映画なりを作ろうっていうことになったんよ。金があったらあんなに苦労して作らんよ。ないから、「よっしゃ、女房食わせなあかん!」とか、「親父はすごいんだって子供に見せなあかん!」とかな。そんなこと思うから人に頭も下げられるし、途中で挫折せんでいけたんよな。これがちょっとでも蓄えがあったら、「そんなことまでしてもしゃあない」ってなるよ。

……以下、漫才ブームからのドロップアウト、それから『佐賀のがばいばあちゃん』の大ヒットで二度目のブームに乗ることに成功した島田洋七の逆境からの生き残り術は『ルーフトップギャラクシー』本誌にて要チェック!

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コメント (1)

洋七さん。『クエ』尽くしを賞味中、「銅像」の話をされましたが…『生きてる時期に“銅像建立は絶対ダメ!”』です。“ロクな最期”を迎えられません。角栄先生、金丸信先生…多くの国民が知る“実力者”にして然別!…と言うことです。

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